「受験」とその正当性

今回は「なぜ受験が必要なのか」の三回目です。

 

前回までの記事はこちらから!

 

「受験をする意味って一体なに?」

 

「『学習』と『勉強』」

 

 

では今回は「受験」についてですね。

 

「勉強」の必要性は前回お話した通りですが、
「勉強」の到達度を表す指標として「受験」というものが存在します。

 

 

単純に、「学習」を促進する最も重要な手段として「勉強」を選び、
全国多くの人が「勉強」する機会を与えられていたら、
当然人それぞれ「勉強」面での能力差が出てきます。

 

 

それを正しく評価するために「受験」というものが定着しているんですよね。

 

 

さてこの「受験」というシステムに関しては、
例えばゆとり教育を見直してもっと厳しくした方がいいとか、
大学に入ってからが勉強しなくなるから、あまりよくないとか、
そういう否定的な見方が多くされてるのは皆さんも知ってると思います。

 

 

ですが根本的な考えとしてはそこまで悪くはないとも思います。

 

 

これから書いていくことで、少しでもやる気の向上につながってくれればと思いますし、
自分の人生について考えてみる機会ができたら、言うことないですね。

 

 

まず「受験」は「勉強」面での能力を示すためのシステムだと先ほど書きましたが、
日本の「受験」のシステムはうまく機能していると思います。

 

 

どういう事かと言うと、これまでの勉強量、それから自分の持っている能力が、
正確に反映されるということです。

 

もっと具体的なことを書くと、
全国ほとんどの大学で合否を分ける問題は基本的、標準的な問題です。

 

難問、奇問が出題されることはあっても、
それは全体のほんの一部ですし、
努力が正当に反映されやすいのが日本の「受験」です。

 

これは結構ありがたいことだと思うんですが、いかがでしょうか?

 

 

 

つまり自分の頑張り次第で上に行くことができる可能性が高くなるということです。
(もちろん頑張りだけで必ず結果が出るとは言いません)

 

 

そういう点で、「受験」は良いシステムだと思いますし、
ここまで自分の努力と力だけでしっかり認められるものって、
実はそれほど多くはないですから、
これだけでも学生は「受験」をする価値があると思うのです。

 

 

 

またこういったことも考えられます。

 

現在の日本は少子化が進み、毎年「受験」する生徒数が減少していってます。

 

その一方で、各大学の定員数はそれほど変化していないです。

 

つまり難関大学でも、昔よりは間違いなく入りやすくなっているということです。
(それでも難しいことには変わりはないですよ。一応誤解のないように。)

 

そういった流れの中にありながらも、
社会的に難関大学を卒業したという学歴はしっかり評価されています。

 

こういったことが意味するのは、
より多くの受験生に可能性が出てきているということです。

 

 

僕自身も少なからず何かしら評価されたいと思いますし、
どこかで成功を収めたいという気持ちがありますから、
こういった「受験」の側面は非常にありがたかったです。

 

 

僕と同じようなことを考えている人は少なからずいるのではないでしょうか?

 

 

では次はもっと生徒視点で別の観点から「受験」する意味について書いていきますね!

 

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